お侍様 小劇場

   “秋への訪のい” (お侍 番外編 131)


あの悪夢のようだった酷暑の夏も、
なんとか通り過ぎつつある今日このごろ。
月見が近づけばススキの穂がお目見えしだし、
10月の声が聞こえ出すころには、
さすがに此処いらではないものの、
コスモスの見ごろという話も聞かれなくはなく。

 「梨に葡萄に、秋いちじくに、
  そうそう、南方産のか柿も出回っておりますよね。」

そのうち栗とかハウスみかんや早生のリンゴも出回るのでしょうね。
青いみかんやリンゴは運動会につきものですし、
栗もモンブランとかおこわとか、
あちこちのスィーツ店や和菓子屋さんで
競い合うように美味しいのがお目見えしておりますものねと。
淡い光を結晶させたような、水色の玻璃の瞳を細め、
ほこり柔らかく微笑った七郎次だったのへ、

 「………。(頷、頷)////////」

そうでしょうともと大きく頷いた久蔵が、
ピューラーで皮むきを手伝っているのは、
赤むらさきの鮮やかな装いの下に淡い蜂蜜色の身を隠した、
とれたてほくほく、新物のサツマイモ。
キッチンの流しの前へ並んで立っておいでの、
金髪美人が二人して。
これからが旬だろう秋の味覚を、
指折り数えるようにして挙げており。

 今年も木曽からまつたけが届いておりますよ?

 ………。///////

 あらあら、あんまりお好きではないのですか?

 ……。

 そうですか、マイタケのテンプラの方がいい。
 じゃあ、今日は早速それにしましょう。

 …?

 ええ、マイタケも大和芋も里芋も、
 新鮮なのをどっさりいただきましたのでvv
 あ、そうだ。茶わん蒸しも、ですよね?

 〜〜〜〜。///////

恐縮して肩をすぼめる次男坊なのは後ろ姿でも判ったが、

 “あれでよく会話になっておるな。”

洞察にも長けておいでの勘兵衛でさえ
今更ながら感服する、途轍もないレベルの“以心伝心”は今も健在。
むしろ精度が増したかも知れぬほどであり。
本来、高校生になったとあっては、
関心が沸くものがどんどん多方向へと増えたり、
今時のものをばかり追うところから、
共通の知識やら常識やら、徐々にずれても来よう年頃のはずだのに。
こちらの次男坊こと久蔵殿と来たら、
そんな多感なお年頃…の筈だというに、
相も変わらず、
麗しのお母様こと七郎次お兄さんを何をおいても第一とし、
自分の御用より優先するなんてのは序の口、
お友達との遊びや付き合いも二の次、
剣道だけ極められれば他は要らぬと思っているらしい偏りようであり。
さすがに学業は疎かにしちゃあいけませんと、
それも“七郎次が言ったこと”だから、
ちゃんとちゃんと前向きにあたっておいでで。
お陰様で、成績の席次は
常に学年のトップ近くを保持してもいる判りやすさだったりし。

 「七郎次。」
 「あ、お目覚めでしたか?」

刳り貫きの戸口に凭れるように立つのは、
この家の家長で、彼らの義理の兄ということになっている勘兵衛で。
年齢不詳、随分と若々しく見えても、
そこそこ落ち着いた年頃だろう七郎次はともかく、
まだ高校生の久蔵の“兄”というのは
ちょっと無理があるのではと思わせる、
それは重厚な存在感した壮年殿であるのも相変わらず。
だが、よくよく見やれば
それは屈強で躍動ともなう
叩き上げられた肢体をしておいでの彼でもあって。
むしろ、長々延ばした蓬髪や顎にたくわえたお髭のほうこそ、
納まり返った年齢ですとしたいカモフラージュなのかも知れぬ。
秋の平日、昼下がりという中途半端な時間帯に、
この精悍な家長様が在宅なのは。
二度あった連休のそれぞれを、
天候的に結構な荒れようだったにもかかわらず、
レセプションだの対外会合なぞへ出向いていた役員の補佐として、
忙しくしていたその代休。
……ということになっているが、
商社への依頼という格好で割り込ませた“お務め”も
最後にちらりと手掛けた関係で、
昨夜は遅くに戻られたそのまま、今まで熟睡してらしたのであり。

 「お腹の方はいかがです?
  何か軽いものでもお出ししましょうか。」

 「そうさな。」

さすがに夕食には早すぎるが、
半日寝ていたのでは空腹でもあろうと。
卒なく気を回し、
片手ナベを取り出すと算段はついているものか
冷蔵庫へ足を運ぶ七郎次であり。
そんな彼の傍ら、

 「………。」

せっかくの二人きりを邪魔をしたなと
久蔵が睨んで来るかと思いきや。
手にしていたピューラーを降ろすと、
電気ポットに歩み寄り、急須と湯飲みを用意して、
お茶の支度を始めておいで。
七郎次の手際を幼いころから見て来た彼だけに、
所作にも滞りはなく なめらかで。
勘兵衛が普段使いにしている湯飲みへ、
香りも豊かな煎茶を淹れて差し上げると、
小さめの盆へ載せ、
リビングへ通じている側、
勘兵衛が立っていた戸口のほうへと歩み出すので、

 「……。」
 「ああ、すまぬな。」

そちらで大人しゅう待っておれと言いたい彼なのはさすがに判る。
ちらと見やった先では、
七郎次が何とも言えない柔らかな笑みを見せているものだから、
大人げない揚げ足取りも出来やせぬとの苦笑で返し。
くるり大きな背中を向けて、
秋の初めの明るさが満ちたリビングへ、足を運ぶ御主様で。
ポーチに並んだ鉢植えは、プリムラを待つ間の彩り担うベゴニアたち。
ミニバラのように可憐で愛らしい彼らを見やる眼差しも穏やかに、
ほんの昨夜、
それは殺伐とした務めに身をおいていたことなぞ欠片も匂わせず。
静かで温かい団欒の待っていた我が家にて、
ひとときの平穏にひたる、倭の鬼神様である。






     〜Fine〜  13.09.29.


  *いつまでもしつこい残暑と睨めっこしていたらば、
   もう10月ですよ。早いですねぇ。
   急に朝晩冷え込んで来ましたが、
   皆様、どうか お体ご自愛くださいませね?

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